96年5月15日号の特集記事紹介

●大分県保険医協会が支援開業医の輪

エイズ訪問診療に立ち上がる

差別のない治療に一筋の光明

 エイズ治療体制の整備が叫ばれている。全国のエイズ拠点病院は先月5日の時点で188病院であるが、そのうち病院名を公表しているのはわずか75病院で全体の4割にも満たない。拠点病院でありながら病院名の公表すら躊躇している医療機関に、「きちんとした患者対応ができるのか」という批判もある。こうした中で、大分県保険医協会はこのほど、開業医によるHIV患者・感染者への訪問診療を実施するため「HIVドクターズ・ネットワーク大分」を全国の保険医協会に先駆けて発足させ、さっそく活動に着手した。

 
 西村有史医師の講演(県教育会館)

 エイズの専門的な治療とは別に、HIV感染者は風邪や虫歯などの軽い病気になった場合でも、エイズ治療の専門病院でないとなかなか診てもらえない。こうした現状の中で、福岡県豊前市で開業する西村クリニックの西村有史院長は、平成5年から大分県内も含む九州の患者、感染者の訪問診療をしている。
 この西村医師の活動を知った大分県保険医協会(松山家昌会長・会員800人)では、エイズ患者・感染者の訪問診療をする開業医のネットワークをつくろうと、このほど大分県教育会館で西村医師を招き、「HIV感染症・エイズに関する実地医家・歯科として“何をなすべきか、何ができるか”」と題した講演会を開いた。会場には200名を超す医師・歯科医師・看護婦など医療関係者が集まった。
 講演のなかで西村医師は「まず、医療機関が診療を受け入れていることを名乗り出なければ患者、感染者には何も伝わらない。高度な医療設備の整った拠点病院は確かに必要だが、いま多くの感染者が必要としているのはカリニ肺炎などの重篤な症状を引き起こさないための健康管理であり、日常のごく一般的な診療の受け入れ先である」とエイズ拠点病院が入院を前提とした重症患者だけに焦点が絞られていることに疑問を投げかけた。
 この講演の直後、開業医十七人が集まって、「HIVドクターズ・ネットワーク大分を発足させ、西村医師を囲んで話し合った。この話し合いでは、

  1. 多くの人にエイズの真実を医療従事者として伝えてゆく。
  2. 第一線医療を担う医師・歯科医師として暖かい支援の輪を広げる。
  3. 本会に結集する医師・歯科医師を中心にHIV・エイズの学術面、臨床面での向上に努める。
  4. 本会に結集する医師・歯科医師を中心にHIV・エイズの感染患者の要望に沿って「訪問看護」や基本的な第一次医療機関で出来る「医療」を実施するなどの事項を確認した。
 さらに患者の治療にあたっては、訪問診療には白衣の着用を止め、病医院用の車両でなく自家用車使い、近隣住民に配慮するなど、感染者のプライバシーにも細心の注意をはらうことを申し合わせた。

 ネットワーク発足に集まった17人のドクター

 エイズ治療の先進国であるアメリカでは、地域に密着したホーム・ドクターがHIV感染者の診療にあたることが、ごく日常的に行われているという。この場合、いわゆるユニバーサル・プレコーション(普遍的感染予防法・本紙171号で紹介)が行われている。これは、米CDCが奨励している感染予防のガイドラインで、このユニバーサル・プレコーションこそが、差別のないエイズ治療の基本であると提唱している佐賀医科大学の井上悦子教授(看護学)は、「エイズ治療を行っていることを公表すると患者が減るのではないかという不安を抱くとすれば、それはそこの医療者を含め、地域のエイズに対する知識や理解が不足していると言わざるを得ないのではないか」と分析する。
 拠点病院が病院名の公表に難色を示したことは、そうした知識不足からくるエイズ患者への偏見を自ら露呈してしまったと受け取る専門家もいる。
 いずれにしても今回のドクターズ・ネットワークはとかく“心”を忘れがちなわが国の医療に一筋の光明を見出したのではないだろうか。

●偏見は無知からくる

参加者へのアンケートから

 大分県保険医協会は、参加者全員にアンケート調査を実施した。
 集計結果をまとめた同協会の阿部雄一事務局長はエイズに対する関心の高まりに驚きを隠せないようだった。アンケートは次のような医療従事者の生の声を伝えてくる。

 「医師の責務として診療したい。社会的な偏見・差別を無くすように努力すべきである」(医師・58歳)

 「近くに患者がいて小生の治療を希望するのなら何時でも。協会が窓口になれば近医も紹介する。偏見などは無知からくるもの」(医師・48歳)

 「自分も含め一般的に医療者側の知識が不足していると思う。それが医療者としての「信念・自信」を損なわせている。いつも何かしなければと思っているが、今ひとつ確かなものがなかった。これを機会に行動に移していきたい」(看護婦・27歳)

(C) IRYOU SHIMPO 1996



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